2015年12月26日土曜日

わからないことについて

わからないことには2種類ある。


ひとつはとっかかりがあること
これは面白がりやすい。
ことばに変換しやすい。


もうひとつはつるんとしている
これは面白がりにくい。
ぼうぜんとしてしまう。
言葉にしにくい。
でもいろんなことと有機的なつながりを感じる、「ほんとうにわかっていること」も
これとよく似た形をしている。
もしかしたらおなじかもしれない。
わかっていることのほうが、ことばにするのは難しい
言葉は不便。
もっと適切な表現があるのに、感じることはもっと豊かなのに。
そういうことだ。
それはわからないことでもあるしほんとうのことでもあるしわかっていることでもある。
それはことばで表現してみたり、他の手段、ダンスや声や絵や、立体にすることもあるかもしれない。組み合わせかもしれない。

そのごく一部のすこしのトゲが「わからないけどことばにしやすい」ことで言葉にして思考することに没入しやすい。それがあるのは安心だ。




でもこういうのもある。
いつも考えをペンディングしておくと、こういうものに出会うことがある

こういうときはとても興奮する。
なんとかしてうまく形にしなければと必死になる。


なんにせよこういうことのひとつひとつをあるべき姿をみつけて、そうしてやる必要がある。
それは生きることよりずっと大事なことだ

そうして全部はつながっていることや世界のあるようをひとつひとつたしかめないととてもここにいることなんてできないでしょ?

2015年12月23日水曜日

カウンセリング14,15

カウンセリング2回分です。
この2回はほとんどこれまでのまとめ・様子見のような状態。

14
・0か100かでしかエネルギーを使えないことのコントロール
・生活サイクルの安定化

が課題ということを確認。
仕事に関しては、医療的介入は今のところ薄めでいいだろうということです。生活サイクルが安定することで、すべての面が改善されるだろうとのこと。
また、他者への怒りがわいてくるということは、ある面抑うつの改善による部分があるだろうとのことでした。

どこまで出来るかわかりませんが、まあそうするのが社会生活上必要だろうと思います。

15
15も同じような感じでした。
記述の量が多いため、60分の枠にするかもしれないとのことでした。

また、「感情のコントロール」も課題だろうということ。
そのために、感情を言葉にする訓練が必要だろうとのこと。

その関連として、「不安などのマイナス感情や感覚を意識することの必要性」の話がありました。

歩いていたら、車が飛び出してきて、「うわっ怖い」と避ける。
ここで「怖い」という感覚がなかったらどうなる?

という話でした。
私はこのとき「その瞬間」は「怖い」とまでは意識の舞台にのぼらないけれど、体は避けるよなあ。おもしろいなあ。なぜ「怖い」と後から認識する必要があるのだろう?
と考えました。
次の経験に生かして命(種)をつなげる戦略、そして、その場では反射で動く必要があること…。また、そのままでは不安を「処理」しきれず、不安が残ってしまうため「怖い」とラベルし、「終わった」というBOXに入れてしまい、次の行動に移す必要がありそうだ。
と考えました。けれど、完全に納得行くところまで考えが及ばず、面白く考えました。したがって「わからない」と答えました。

すると、先生は「怖い」とわからなかったら、死んでしまうよね、と言いました。

私は急激に冷めました。「そういうパターンのやつか、なーんだ」と。
いきものが不安や恐怖を感じるのは生きるための危険回避行動として必要だからだ、というのは私のなかでは「よくあるパターンの話」です。
ただ、本当に実感しているかはわかりませんが…。

なんとなく私が感情を爆発させてしまったり、コントロールしにくい部分とはずれたな、と思いました。

とりあえず、この日はここまで。

※※※

私の場合「圧縮能力」「ラベリング能力」の不全ないしは「細かすぎる表現」に問題がありそうだと今は思います。
たくさんの体や脳の反応を「怖い」に「ひとくくりにすることに納得がいかない。・抵抗がある」と思います。そんな乱暴な処理はできないのです。もっとたくさんのことを感じられるのに、どうして単純化するのか。そのほうが共感しているふりがしやすく、群れで生きるにはおそらく効率が良いのだろうとは思いますが。納得はできません。そして、納得行かないことをするのはすごく苦痛です。

2015年12月10日木曜日

もりの「部屋が汚い」メカニズム/ADHDとASD

私の部屋はきれいとはいえません。

ものが散らかっています。

この「片付けられない」「部屋が汚い」というのはしばしばAD/HD(注意欠陥多動性障害)の症状として言われます。

ただ、私はAD/HDの診断を受けておらず、自覚症状としても「うっかり者」「おっちょこちょい」「とりあたま」という自覚は充分にあるものの、障害であるとは思っておりません。どちらかというと純粋なASD(自閉症スペクトラム)に近いかな、という感触を自分では抱いています。また、診断としてもASDのみしかでていないこともあり、そうだろうと思います。

ところが、私の部屋は散らかっている。
また、ネット上のスクリーニングテストでは「可能性あり」。(もちろんスクリーニングですので、信頼性は高くありません)

さて、どうしてだろう?

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AD/HD者の「部屋が散らかる」

これはあまりよく知らないのですが、どうやらAD/HD者の部屋が散らかる要因は「注意力散漫」に大きくあるようで。

たとえば「必要なものと不要なものを見分けられない」「片付けているうちに興味がそれて、ものがどんどん出しっぱなしになり、溢れていく」「片付けるためのパターン・ルールを決めたり計画することができにくい」あたりが要因となって、ごちゃごちゃになってしまうようです。

どんな人でも多少はあるようですが、それが顕著に出てしまうのが特性たる所以ということなのでしょう。

わたしの「部屋が散らかる」

私の場合、上記の要因で部屋が「過剰に」散らかることはありません。つまり、健常もしくはグレーの範囲に収まっています。むしろ、部屋をキレイに保ちたい欲求はそこそこ強いです。掃除は好きではありませんが…。

ところが、「部屋が散らかる」。ものすごく散らかります。

その要因は、と考えると。

①モノが多い…コレクション欲求がとても高い。気になる言葉が書いてある広告、ちょっとした落書きからかわいいポストカードにいたるまで、あるとあらゆるものをとっておきたい欲求が非常に強いです。なんならつねに四次元ポケットに持ち歩いて、そのまんま取り出せるようにしたい。すべての魅力ある物事をきちんと記録・記憶、そのままの状態で保存・取り出ししたいのです。その手がかりとして、ものをとにかくためてしまう。先日はダンボールにあふれんばかり、といった状態の紙モノを整頓しました。数冊、スクラップブックが必要そうです。

②考え事が多い(+忘れっぽい)…考え事や今やっていること、ペンディング事項について、どこか見える位置に「実物」を配置しておかないとどういう道筋でどういうことを思考していたか思い出せなくなってしまう。そのためのしおり、またはウィンドウとしての「散らかし」です。自分を中心としていくつかのものを配置しておき、そっちを向けばそのモードに切り替えられる状態(すなわち、やりかけの状態)にしておかないと、忘れてしまうわけです。そのロスがもったいなく、恐ろしい。
おそらく極度に忘れっぽいわけではないのですが、考えていることが多く、また刺激に対して反応しやすいため、「ある物事の中にあるまた別の物事」にパッと注意が切り替わりはしゃいでしまう→あれ、重要なことを考えていたはずなんだけどな…とか、ふと見た方向に鳥の群れが居てはしゃいでしまって、あっというまにそっちに気を取られてしまうなどのことが起こるために、「記憶すべき事」が多すぎるのだと思います。また短期記憶に関しては若干弱めではあるので、そこも少しは関わるでしょう。
思い出すためのシンボル・付箋や名前をつけるのが苦手なのですね。これは以前書いた「ラベリング・圧縮の苦手さ」に繋がることだと思います。

以上の2点が非常に大きいのではないかと思います。どちらも特性に関わっていますが、より面白いなぁと自分で思ったのは②。これは、「やっているうちにどんどん注意がそれて散らかってしまう」というAD/HD者の散らかり方とは、言葉はちょっと似ていますがぜんぜん違うと思うのです。だからといってASD者に特有とか特徴的というのもよくわかりませんので、とりあえず私にはこういう特質があということでしょう。

※部屋の写真、載せようと思ったけれど自粛…女の子の部屋やからな!笑

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AD/HDとASD

さてこれで私の「部屋が散らかる」に関しては、「結果が同じだけで、メカニズム的にAD/HDとは全く異なる」ということがわかりました(書いているうちに、刺激への反応のしやすさは…?となりましたが、仕事等に大きく支障はないので許容)。

「発達障害」というと、「AD/HD・ASD・LD」なんて並べられることが多く、また最近では併発することもよくある、といわれています。また症状が似ていて混乱することもよくあることです。少し前(DSM−Ⅳ)まではAD/HDとASDの併発はない、とされていたこともあって、「もう発達障害、でひとくくりでいいじゃない!」なんていう考えもちらほら。

しかし、わたしとしては純粋なASD者とAD/HD者では明らかに違うように感じます。ここをポイントに据える非常に嫌なのですが、やはり「(症状としての)コミュニケーション」に大きく差が有るように感じますし、また「多動」の出方・メカニズムも異なるように思います。個人的な感触ですが、「とにかくモーターが入っているように動いてしまう」のが核のAD/HDと、「過集中や視野の狭さおよびその他の特性絡み」のASD、といった感じ。

対策や当事者としては併発もありますし、一緒くたのような理解でも別に構わないのですが、「診断・治療・療育・研究」といった専門分野においては、慎重に調べてほしいなあという気がします。




2015年12月6日日曜日

耐えられない

職業センターに行くようになって、かなり疲れています。

センターでやること自体は難しくないのですが、それに200%の力を使ってしまうようで。
帰り道で寝ながら歩きそうになっています。

慣れないバス・バス酔い・騒音に、慣れないセンター、人々は意外とストレスのようです。しかも、センターは職場環境以上に学校の環境に似ているふしがあり、いわゆる「お説教めいたこと」が多く、いちいち真に受けてしまう私・その実すでに限界を越えている私は「もうこれ以上頑張れないよ〜」とパニックしかけながら過ごしています。

今回は、その「お説教めいたこと」が原因で目に見える形でのパニックが起こったので記録。

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一週間の終わりに、「来週の目標」を決めます。
初めは女性のスタッフさんに「書いてください、もし思いつかなかったらこの例を挙げた紙を見てもらっても構いません」と言われて、特に思いつめることもなく書こうとしました。
ところが。その途中で別の男性に声を掛けられ。

「もりさんはセンターが終わったらどこに行くか決まっているんだっけ?」

といきなり聞かれました。
意図がわからず、世間話なのか必要な話なのかもよくわかりませんでしたがとりあえず答えたらスッと去って行きました。

「?」と思いつつも気にせず書こうとしたら、また現れ。


「あなたはもう次の就職先が決まっているから、それに向けて必要なことを書いたほうがいいね。就職したら、悩みを相談したりはできないから。」

この時点で私の頭は「就職したら悩みをそうだんしてはいけないのか。それは大変だ。どうしよう。でも、今まで他の人から聞いている話とは違う。」という混乱でいっぱい。続きをうまく聞く(聞き流す)余裕がありません。

「社会に出たらこことはぜんぜん違うからね。一般的に」

ぜんぜん違うならわかんないじゃん!!しかも一般的に、というあいまいワード。
でも「そうなのか・・・私はダメだ・・・」と一気に混乱加速。

「だから、今、できるだけ悩みを解消して行けるように目標を決めたほうが良いね。」

この人は何を求めているの???私にどうしてほしいの???これ以上頑張れないし、そもそもカリキュラムで目標というのはすでに決まっているのに、そこに新たに追加なんて、私にはできないよー!!!
むしろ「無理しない」のが私の目標なのに、もっと頑張らなくちゃいけないの???どうして今までの私の考えと反対のことばかり言うの???意味がわからない。

となってしまい、この時点で私は静かにパニックして固まっていました。
固まった私をみてそのスタッフさんは

「わかった?」

と一言。返事がないので確認したのでしょう。
わかんない、わかんないよ…と思いながらも、まだ出会ったばかりのよくわからない、なれていない人にそんなこと言えませんし、声を出したら混乱が強くなりそうです。それに、どうもこの人は聞いていると「一般的に」という言葉が癖で、「普通」が好きなようだ。この人は信用出来ない。という気持ちにもなりました。また、これはどうしようもないことですが、私は彼の発声が苦手です。初めて聞いた時から、声が叩きつけてくるようで「あ、ダメ。怖い。」と思いました。でもそんなことは仕方がないですし、それだけでどうこうなる程ではなかったので、適度に薄く関われば問題無いだろう、と思いました。ところがこうなってくると、もう「この人、怖い」に変化。

そうしてしばらく固まっていましたが、少ししてようやく「でも、ああいう説教っぽいことをいう人はいるし、私と彼は別の人間だから関係ない。」ということを思い出して、カリキュラムに沿った目標を書いて提出しました。

すると、ちょっと目標がばく然としていたのか、別のスタッフさんから「具体的にはどういうこと?」と聞かれてしまい。
この時点でまだ混乱しているわたしに「どう」というオープンクエスチョンをうまくかわしたり、答えたりすることができなくなっていました。頭ではエラーが鳴りっぱなしです。
もだめだ〜。ということで、パーティションで仕切った別室でしばらく休みました。

・新しい環境
漠然とした、それでいてプレッシャーなことば
・オープンクエスチョン
・苦手な音(声)

が重なりに重なった結果です。特にNGだったのが二番目「漠然とした、それでいてプレッシャーなことば」。どうしたらいいのかわからなくなってしまいます。そのくせ、「もっとがんばらないとダメだ」と思ってしまう。多分普通の人は普段からそこまで張り詰めて生活しておらず、また言葉をそのまま受け止めてしまうこともないため、多少強く説教しても大丈夫なのだろうと思います。学校が典型ですね。けれども、私はそうするとダメなのです。
また、見た目は余裕で活動しているように見えるであろうため、「もう少し頑張らせても大丈夫だろう」と思われてしまったことも原因かもしれません。その実、常に100以上のパワーを使い果たしている状態、というわけです。自分の中ですら、それにあまり気づけていませんでした。活動そのものはものすごく簡単であるためでしょう。けれども、生活を振り返ると、センターの翌日はこんこんと眠り続けて(しかも眠りが浅く、寝ても寝ても疲れている状態)いるのです。ものすごく、疲れていたのです。

さて、そんなパニックのあとですが、ここで早退したら、もう来週からセンターにいけなくなってしまうような気がしましたし、とりあえず頓服で収まったこともあり、活動に戻りました(これも無理があったのか…?わかりません)。
活動そのものは全く問題なくできました。
そして終礼(帰りの会みたいなものがあります。やっぱり職場というより学校みたい。)。

終礼では全員が本日の感想を述べたあと、スタッフさんも一言話します。
そこで男性スタッフさんが話したのが、だいたい以下のようなことです。

寒くなってきましたので体調に気をつけてください。正直、月曜日に休むっていうのはカッコ悪いよね。「体調管理できてませ〜〜〜ん」って言っているようなものです。休みというのは遊ぶためにあるわけではなくて、「リフレッシュ」という言葉がありますが、また元気に労働するためにあるのです。
それからもう1つ。社会に出て働くというのはどういうことでしょう。◯◯さん。
◯◯さん「お金を貰って自立することです。」
そうだね。まずお金のことが出てくる。自立とも言ってくれたね。でも、それだけではいけない。働くのはお金のため以外のこともある。それを考えてほしい。僕は何十年も働いている。

というようなことを言いました。全てのことに「???」と思ってしまって、いつもなら頷きながら聞くのですが、全部首を振ってしまいました。極度に嫌なことや理不尽なことを言われたりすると、もろに態度に出てしまうのも、私の悪い癖なのです。我慢ができません。今回、部屋を飛び出して帰宅しなかっただけ、頑張った方なのです・・・。中学校ではとびだして帰宅していましたし、高校では涙が止まらなかったわけですから、少しは進歩しているのです・・・。
先の一件があったため、余計にしんどかったです。

「休んではいけない」:突然倒れても這ってでも(比喩でなく)行かなきゃ、となってしまう。アルバイトで「這ってでも来い」と言われて「もし這って行くと、何時間前に家を出ればいいのか」計算して、絶望したことがあります。
「カッコ悪い」:仕事は「仕事」なのになぜ人格攻撃をするのか。あなたにそんなことをする権利はない。おかしい。と思う。
「休みは遊ぶために〜」:それはあなたの意見である。遊ぶために休む人もいていい。と思う。人間は全員が全員労働に命を捧げているわけではない。
また、そのように思うと私は休む事ができず、リスク管理のために家に引きこもって「かぜをひかないように」「ねぼうしないように」と考え続けてイライラそわそわして休みを過ごしてしまうのである。
「仕事はお金のためだけではない」:それはあなたの意見だ。押し付けないでほしい。と思う。趣味のついでに仕事をすることの何がいけないのか。そうやって働くからといって仕事をおろそかにしてしまうことにはつながらない。

主にこんな思いが頭をよぎりました。
説教っぽい割に浅いことを言われ続け、また全体に話の結論が見えずばく然としており、気持ちが悪くていたたまれなくてとてもつらかったです。キャーッとなって逃げ出したり泣き出したりしなかっただけ頑張った方なのです。

もちろん、これは「私個人に」言ったことではないのでしょう(もしかしたら私がその日に彼のせいでパニックしたあてつけかもしれませんが)。そして、これをここまで受け止めてしまうのは私の自他区分の問題ですから、私の課題です。

けれども、こういう人もいるのだ、ということを、せめて職業センターの人は、しっているべきだよなぁと思います…。職業センターの書棚、発達障害の本だらけなのになぁ。高機能者・普通に見えるタイプ・受動型に関しては、やっぱりどこにいてもわかってもらいにくいし、正直「配慮してほしい」とも思わないので、どうしたものかなぁ、と思います。こういった場合、別室に行かせてもらったりしたほうがいいかもしれませんね。自他区分は、すこしづつできるようにはなってきましたが、まだまだのようです。完全にうまくできるようになるのはいつになるのか、それとも完全にはできないのか。