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2015年11月29日日曜日

カウンセリング13B :人間関係の弱さ

先回の記事の続きです。

男性関係(人間関係)と言葉遊び

カウンセリングメモの一部として「男性関係で意図せず思わせぶりにしてしまう場合がある(何回か揉めた)」ことを提出しました。
また、現在はすでに鎮静しましたが、最近も少し揉めた点についても。

心理士さんより「これはあなたにとっては侵入に値する経験で、怖いだろう。危険もあるので、詳しく聞きましょう」ということになりました。
確かに、今まで大事にならなかったのはひとえに「運が良かったから」としか言いようがありません。

これまで「嫌だ」「怖い」と感じたアプローチ


高校生。メールでは普通に楽しめていたのだが、よくわからないうちに「付き合おう」「付き合ってくれるなら観覧車に乗ろう」みたいなよくわからないことを言われ始めた。意味がわからないし気持ちが悪かった。直接的に「付き合おう」と言われたことはなく

メール:「次の定期テストで僕が勝ったら付き合おう(私は学年トップ争いをしており、彼は普通か普通より下の成績である。勝てるわけがない。)」「いや、やっぱり冗談。もっとちゃんと言うよ…(勝手にしてくれ)」「あれ、なんか察した?(察しねーよ!察してなんかやんねーよ!)」「カップルだと無料で乗れる観覧車が有るんだけど、一緒にカップルのふりして乗ってくれない?待ってるから(重い女か!)」「(行かなかったら)観覧車、キレイだったよ(重い女だ…)」

などというメッセージを受信。
「自分から誘うような意気地はないが、私が乗って来る自信はある。察して告白してきてほしい」というオーラがばんばん出てきて気持ちが悪かった。私はただメールの文面で遊んでいただけだったのである。「人間関係」についてなんて考えてもいないし、相手の気持ちが、こういうメールを受信・およびこっちへのベクトルがにじみ出ているのを感じるまで、全く分からなかったし、考えようとも思わなかったと思う(考えているつもりではあった。自分でもつめたい人間だと思うが、冷たいだけじゃない)。


大学生。ある委員会の集まりでちょっとハブられ気味の男の子がいた。私は「さびしさ」「恥」に敏感である。いたたまれなくなってしまう。テレビなどでも、そういう場面は観られないのである。単に、そういう自分のいたたまれなさを補うためであって、これはやさしさではないのだろう。でも、そういうことは意識しないで、つい横に並んで歩いたり、話しかけられたことに必死に笑顔を見せて応じたり、周りにその人の話をつなげようとしたりしてしまう。やさしさまたは好意に見えるだろう。
いつからか彼は私に帰り道に無理やり自分の通学路を合わせて、ぴったりついてくるようになる。そして電車の15分間、ずっと「自分は人間関係にトラウマがある。否定されるのが怖い。」という旨の話をし続けてくる。私は彼を拒否することができなくなる。
そうして数ヶ月帰り道についてこられる。
結局避け続けていたがもう限界なので告白の誘いに応じる。とにかく衆人環境を確保するために学食以外の場所は拒否し、学食で告白させる。そして拒否した。
彼は学校を休むようになった。知ったことではない。彼は私にとって全く興味の持てない人間であったためだ。メールすらほとんどしなかった。
数ヶ月してまた連絡があり、手紙を渡される。気持ちが悪いし、期待されたら困るのでその場で破って捨てるところまでを本人に見せる。「受け取りました。でも、読みません。」と言う。

大学生。ともだちだったのに、なんだかベクトルが変わってきて、「気持ち悪い雰囲気」が出てくるようになった。連絡を断つ。

友達だったし、自分でも面白くその人で遊んでいたので、付き合ったが、やっぱりこっちに向かうベクトルが怖くて気持ちが悪くてダメ。完全に私の落ち度である。


大学生。ネット上での言葉のやり取り。私はその人の発する言葉で言葉遊びをしていた。
たとえば「ちゅっちゅ」という言葉をもらえば「ちゅっ」と返すことは、私にとってキスでも何でもないのである。ただのゲームである。言葉のあやとり。言葉のキラキラ。そういうものである。
でもどうも本当は言葉というのはそういうものではないらしい。よくわからないけれど。そうして「全身舐め回したい」「口中犯したい」などの物騒なメッセージが来るようになったのでとても怖くてシャットアウト。


社会人。合意のもとで付き合ったが、よく考えると経済的に自立していない寂しさをわたしで埋めていたのかもしれない。就活がうまくいかないときに、社会人をしていた私がしんどそうな状態。毎週家にいた。「主婦になろうよ〜」などが口癖。都合よく依存関係に持ち込まれたあげく、相手が経済的に自立したらすぐに捨てられたのかもしれない。最終的に「もうあなたの面倒は見きれない」と言われる。面倒を見てあげていると思っていたらしい。確かにわたしも「面倒を見てもらっている」と思っていたし、それが楽だった。私はどちらかというと「恋人」ではなく「面倒を見てくれる人」がほしいのかもしれない。いい関係ではあったし、悪いものではなかった。よき理解者であった。でも、共依存的側面は否めない。


現在。「3」の続きである。解決済み。
現在すぎるので詳細書かず。

お兄ちゃん欲・さびしさへの同化・言葉が含む「気持ちやりとり」の弱さ

上記のような事があった。他にも多少はあったが、まあそれは普通の範囲内だろうと思う。私の弱い部分がトラブルを招いたと思われる経験だけを抽出した。だが、正直なところほぼこれが全てである。トラブルしかない。そして私の気持ちがわからない。「好き」というのは難しい。

上記を考えるに、見出しに示した

①お兄ちゃん欲:面倒見の良い・頭のいい(自分と話が合う)人に面倒をみてもらいたい、甘えたい欲求。長女(家族関係)由来か。私の家族は少々機能不全だとやはり思う。
わたしの言葉遊びに付き合ってくれる人はあまりいない。聞いてくれても理解できる人はあまりいない。(今はわりとインターネットがあるので心地よい)
私の家族の絵です。こんなもの描きたくないので、殴り書き…

さびしさへの同化:自他区分の問題および常にある居心地の悪さ由来?「お兄ちゃん欲」も同根と思われる。
③言葉が含む「気持ちのやりとり」の弱さ:言葉や論理への強さにたいして「気持ち」がほとんど赤ちゃんという凸凹からくる問題。言語理解はできている(よく発達障害者でわからない、といわれる比喩表現も完全に分かる)が、そこに含まれる気持ちの理解に偏り。気持ちより面白さや興味の衝動が優先。「人と遊んでいる」というよりは「その人の知識や教養・言葉遣いおよび体と遊んでいる」という方が正確。

の3点が大きく問題だろうと自分では思考した。

この問題はまだカウンセリング及び観察(今後も注視が必要との心理士さん判断)を続けるため、今回はここまで。

2015年8月20日木曜日

どこに立っているか

カウンセリングに行ってきました。
親とは別です(親の動向は不明)。

心理士さんは、白衣を着ています。
その、肩に、何かロゴがついていて、私はそればかり見ているみたいで、絵を書こうとして、それに気が付きました。
心理士さんの顔、「腕(ロゴ)」なんです。

ロゴは色々とバレそうなので書いていませんが…
顔をみていない!
次回、見てみようかなと思います。

さて、今回はいちおう3回目ですが、序盤ということで、オープンクエスチョンがやはりあります。

「困っていることはなに?」
「どんなこと?」
「何ができない?」

どうしてだか、困っているはずなのに、うまく答えられません。
カルテなどを全て開示して行ってくれているので、それにある言葉を指さししました。

診察室もこんな感じです。
かくしてカルテを書き込みしていたりすると気になってしまったり、不安なので、これはとても安心。

心理士さん側からも、PC画面で「見せながら話す」ことができます。
それで見せて頂いたのが以下の図です。


私は、自閉症スペクトラムに関する知識はありますが、「自分の立ち位置」について、色々な人に別々のことを言われて混乱しているようだが、どうか。

そう尋ねられました。

そして確かに、「あなたは発達障害だと診断」「発達障害と思う」「発達障害ではない
というように、色々なことを言われているために、ある時には「確かに私は発達障害だ!どちらにせよそう思うと楽だし、工夫しやすい!」と思い、またある時には、「私は普通なのに、努力が足りない。もっとやらないといけないのに。でももう無理。死んでしまう。」と思います。

どうでもいいことだとわかっていても、気持ち悪くて、どうでもいいことなのに拘泥してしまいます。

ということで「まずは知識を整理して、立ち位置をハッキリさせましょう」ということです。

上記の表の、星をつけた部分が私の立ち位置です。

まず、IQに関しては、WAISのFIQがわかっていますので、カンタンです。120前後あたりに横軸(FIQ122)。

難しかったのが「自閉度」です。

そもそも「自閉」ってなんだ?

というわけです。

これは、自閉症スペクトラムそのものの研究もあいまいだし、よくわからない。
とはいえ、今のところ「コミュニケーションで困る」というところが統一見解で診断されます(自閉症という事象が起こる核とはまた別の話)。
そこを中心に据えて考えてみよう、となりました。

私の担当の心理士さん曰く、ですが、

「まず、私は診断する立場にありません(医師ではないから)。でも、医師はあなたを発達障害と診断しています。僕もそう思います。」

「自閉度というのは、コミュニケーションで使われる身振りなどの非言語的な部分等を、どれだけ「自然に学習」できているか。自閉度が高くなると、それが「学習・研究」で補う部分になったり、そもそもそれもできなかったりします。そこに、知的の度合いが横軸で入ります。」

「高機能で自閉度が低い人というのは、そういう事を意識すらしない(白)。ちょっと苦手、と言う人が水色の部分。学習したり、わからない、という人が青。だと僕は思う。そして、あなたは、ドンピシャで、青い部分の真ん中あたりに位置すると思う。」

だそうです。
私は、水色あたりかな〜〜?と思っていて、ある程度コミュニケーションを理解しつつ学習出来ていると思っていたので、ちょっと意外ながらも、納得しました。

どのあたりでもいいのですが、自分の土台をはっきりさせていくために、「わたしはここ」とはっきりしたのは喜ばしいです。
まだまだはっきりしない障害なのですが、はっきりしないことがとても負担になっていましたので、これはとても良かったです。
仮止めだとしても、浮いているよりはるかにいいです。ほっとします。

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また、ACの気というのも、話しをしました。
これは、発達障害があるとよく経験することだそうです。
いちばん正統派(?)のACというのは、被虐待児と呼ばれる人々です。

最近では「やさしい虐待」なんて言葉もありますね。

私の場合、それに似た性質をもっていますが、ACの人というのは基本的に「人との関わり」を強く希求するとのこと。

そこが違うね、ということになりました。

発達障害の私と、定型発達(おそらく真っ白)の親とで、ズレが大きすぎて、互いに今のようなうまくいかない状態になってしまったのだろうということで、私の「ベース」ではありません。

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そしてついでに「発達障害で、いじめられていません。それでも、いいですか?」
とも聞きました。

「いいんですよ。いいことなんですよ。発達障害でもいじめられない人、いっぱい知ってます。」

正直なところ、一番ほっとしたかもしれません。

私は不幸にならなくたっていいんだ。

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今回はこんな感じでした。

また手帳用の診断書は、私のクリニックは結構慎重に作成するようで、私の状態によって、「過去のことを聞くのが健康に悪い」と判断した場合、なかなか診断書を書く情報を聞き出せないかもしれないとのこと。

「私には診断は出ないよ、ってことじゃないよ」「診断書が早くでなくても、大変なことになったりしないよ」と言っていただきました。

働いていないことも健康にはよくない影響がなくはないですが、フラッシュバックすると、半日潰れますし、薬も使います。自分にも周りにもひどく悪いです。

そういうことで、すすめていくとのことでした。

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今回の記録終わり




自分を大事にする力



温湿度計を、部屋に置きました。

暑さ寒さがわからないわけではないけれど、一人でいると「まだ大丈夫」「まだ、もったいない」が、先んじすぎてしまう場合があり、よく家人に「エアコンを入れなさい」と怒られます。

そこで、温度計を部屋に老いて、自分が快適な気温や湿度を把握することにしました。

上記の状態で、湿度はちょっと高いですが、温度はそこそこ快適です。

だいたい青いマークの部分(至適温度湿度)と同じエリアが、私にとって快適なようですから、助かります。

販売されている温湿度計はたいていこういったマークが合ったり、熱中症や食中毒危険度を細かく知らせてくれます。

セルフ・モニタリングにもかかわる、できる事とできないことのはざまの能力ですが、今のところ、「補える」ので、ここは補って、別の、もっとやりたいことにリソースが割けるように、使うことにしました。

自分を大事にする力が弱いので、無理やり自分を大事にできるようにします。
そういう点では、誰かとともに暮らすというのは、相手を大事にすることで、自分も大事にできるので、いいですね。

この温度計が私の目にはやさしいです。
もっとハッキリわかる温度計もありますが、そこばかり見てしまうのも嫌でしたし、それなら、棒状温度計が、カッコよくて、欲しかったので、これにしました。

【迷った種類3種】





数字で表して欲しい人には真ん中のようなものもあります。
私は数字でなく色の帯で見たかったので、デジタルを避けました。
一番右の佐藤計量器の寒暖計が、湿度計なしのものではおすすめです。サーモゾーンが付けられるので、自分で「ここから上はエアコン」「ここは扇風機」などと設定ができます。これと悩んで、湿度計ありのものにしました。エアコンをつけると、どうしても喉がいたくなるので。

2015年8月19日水曜日

生育歴:義務教育期間・中学校


ある程度生育歴をまとめて心理士に見せたものをもう少し詳しく、感覚的に記述してみようと思います。ですので、①たたき台(心理士に見せたものの一部)②本文(曖昧で私的・詩的な表現だらけ。できるだけ当時の頭のなかを書きたい。)という構成をしています。
生育歴を聞かれた際、書いて見せるにしても、あまり長いものは心理士にしろ医師にしろうんざりするので、生育歴を伝える場合は私のように長く書くのは得策ではありません。しかし、私には短くするということが出来なかったので、精一杯の状態で、医師ではなく心理士のカウンセリングで見せました。

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引き続き面倒臭いこども。
2年生のとき、学級会のテーマと担任の言動があっておらず、耐えられなくなりそのまま帰宅してしまう。担任が理解?してくれその後引きずることはなかったが、中学生は難しく、スクールカウンセラーや図書の先生のところにいつも遊びに行って、お世話になっていた。体育のダンスができず意地悪を言われてしばらく体育の授業に出られなかった。登校拒否ぎみになることがすこし。2度ほどスクールカウンセラーは自宅にまで来てくれた。「カウンセラーさんめっちゃ私のこと好きやん」と思っていたが、そうではない。わたしが問題児だったのだ。
透明水彩と鉛筆で絵を描いて、インターネットにスキャンしてのせていた。
自殺しようとしたが父親がどなったので「わたしはそんなことも許されないのか」と思った。芸術は得意。ただし気が乗った作品だけを異様に集中して仕上げた。

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たくさんの女の子が怖い。

中学校は、女の園です。

男の子もいるけれど、圧倒的に、先におとなになる、ませてくる、そして社会性が高いのが女の子。

とても怖かったです。

なかまはずれにされなくても、いじめがなくても、ただただ怖い。

意味がわからない生き物、という感じです。
いつ噛み付かれるかわからない生き物と同じ檻に入れられたら、怖いに決まっています。

できるだけそういうところに近づかないようにして。

そもそもそういうタイプの女の子だって、私みたいな子は願い下げなわけですけど。
できるだけさっぱりした子と一緒にいました。
小学校の頃と、だいたい同じような感じで、そういう子と遊んでもらうわけです。

幸いなことに、勉強ができたので、その点では苦労しませんでした。
また、運動は出来ませんでしたが、走るのだけは早かった(なぜだろう・でも、止まっているよりも、走っているほうがラクです。低緊張の影響かもしれません)です。リレーの選手になったりしました。
リレーの選手にはなったけれど、バトンの渡し方のルールや、空気を読んで(?)自分が走りだすタイミングをつかむことができなくて、うまくいきませんでした。とても恥ずかしかった。
どうして、みんなは教えられてもいないルールがわかるんだろう?
先生は「教えてあげればよかった」と言ってくれたけど、何で、教えてくれないでも、普通はできるんだろう?

集団行動はことごとく苦手だったので、中学校2〜3年生の頃は、半分登校拒否でした。
でも、親に怒鳴られ、引きずられて学校に通っていました。死にたかった。
時折親も降参して、自分で学校に「今日は行きません」と泣きながら電話させられました。ガンガン蹴られたりもしていました。家族全員が参っていたんだなあ。(それでも子どもを蹴ってはいけませんよ。今でも「命が危ない。親に殺される」と思った瞬間は忘れられない)

そんな状況だったので、SCのお世話になっていました。
私は、そのひとと遊んでいるような感覚でしたが、まあ、問題のある子ども、というわけ。今だったら病院を勧められているかもしれませんね。

死のうとするとまた怒鳴られて、ああ、自然死したいと思った。

このあたりで、蚊やかゆみにかなり過敏に反応することがわかりました。時には発熱し早退していました。今でも、理解が得にくく、精神的にも不安定になりやすく、面倒です。

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ただ、「いや」を初めて学んだのはこの時期でした。
「嫌」と言ってもいいんだよ、を知ったのは、同級生の男の子が、ふざけていたずらを良くする子だったことからです。

それでも、その子はとてもまじめな子だと、なぜかわかっていました。

そして、彼は「嫌なら嫌って言ったって、だれも嫌いになんてならないよ。大丈夫だよ」ということを、私に教えてくれました。

直接そう言われたわけじゃなないけれど、近いことを何度も言われて。

とてもあたたかいでした。

他の子達も優しかった。

比較的うまく受け止めてもらえていたと思います。もちろんうっとうしかったとは思いますが、私はかなり幸せです。楽しいこともいっぱいありました。
みんなでアルゴリズムたいそうをしたりしました。
点字で詩を翻訳するサークルに入っていました。一冊作って寄付しました。




やっぱり、友人や先生にはとても恵まれていました。
(ピタゴラゴール、こんなのあるんですね…欲しい…)

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高校は、進学校に行こうか悩んで、周囲もそれを期待していて。

けれども、「このままじゃ、ダメだ」と思いました。
絵を描くことが好きでした。
でも、それで食べようとは思わなかった。
すぐに独立したかった。
でも、勉強もしたかった。

まだわからないのに、「進学が当たり前」の環境に進んで、そこでポキっと折れてしまうことがあったら、いけない。

選択肢と、人生、色んなヒト、今まで避けてきた、社交的な人々のこと、もっと知らなくてはならない。

これからは、義務教育ではない。

どうやら、カンタンに死なせてもらえない。

と思って、レベルを下げて、かわりに色々なことが学べる高校に行きました。



2015年8月18日火曜日

生育歴:義務教育期間・小学校



ある程度生育歴をまとめて心理士に見せたものをもう少し詳しく、感覚的に記述してみようと思います。ですので、①たたき台(心理士に見せたものの一部)②本文(曖昧で私的・詩的な表現だらけ。できるだけ当時の頭のなかを書きたい。)という構成をしています。
生育歴を聞かれた際、書いて見せるにしても、あまり長いものは心理士にしろ医師にしろうんざりするので、生育歴を伝える場合は私のように長く書くのは得策ではありません。しかし、私には短くするということが出来なかったので、精一杯の状態で、医師ではなく心理士のカウンセリングで見せました。

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とにかくよく泣くこども。自分の目に「ルール違反」が目に入ると泣いてしまう。

他人の喧嘩を議題に学級会をやった時、嘘は言えないので、「それは現場を見ていないのでわかりません」と言ってしまったらとても浮いて怒られ、理不尽だと思ったことをよく覚えている。他の子は「暴力はいけないので**さんが悪い」」と全員が主張。吊るし上げだった。その意味わからなさにたえられない。今も引きずっている。

納得しないと行動が全くできないよね、と小学校の同級生でわたしのフォローをよくしてくれた子に言われる。「いつも泣いてたことしかわからん」は、ほとんどの同級生が思っていたことだろうと思う。この間、同級生の一人にそう言われて、やっぱり、と思った。

書道の時間、納得いく作品ができなくて、昼休み・放課後までかかって熱中してしまう。今の今まで「よき思い出」だったが、学校側から見たらこれは困るよなと今、やっと思う。

電話が急に鳴るのが怖くて、留守番の時はリビングの電話を監視していた。

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ざわざわした教室と多すぎる給食、嫌な食器。机と文房具の混ざった匂い。
混沌。

はじめて心身症を発症したのは小学校5年生で、円形脱毛症ができました。とても怖かった。

いっぽうで、やさしい心の同級生に恵まれて、とても良いこども時代を過ごさせて貰ったと思います。パニックになった時に筆談で会話してくれたりしましたし、よくお世話して、遊んでもらいました。
妹の友達と近所を冒険して草で色水を作ったり、近所の大学生のお兄さんとスライムづくりをしたりしました。
放課後に同級生と遊ぶことはあまりなく、こうして小さい子やお兄さんに遊んでもらっていました(小さい子についても「あそんでもらっていた」気がする。)。
生来の負けず嫌いや好奇心、文字への執着によって、ひとというものを学んでも居ました。
同級生でよく遊んでくれた子は、基本的にまじめで、きちんと勉強をする子。でも、その勉強をとても楽しむ子でした。だから、私も勉強が苦ではなかったし、よく一緒に宿題をしていました。
そうしてよい習慣付けがあったかわりに、親は勉強しろ、と全く言いませんでした。むしろ、「なぜ勉強ばかりするのか、遊べ」というタイプ。さぼることもあまり気に病まない人間です。
私はサボることは悪だと思っているふしがあり(これは改善しなくてはならない)、休むことに対してとても恐ろしく感じます。ある意味バランスがとれているのかもしれません。親はわたしのまじめさをばかにしていて、それはそれでとても嫌なのですが、これで、親もとても真面目だったら、私はとてもつらかったのかもしれません。

心理の本や哲学の本も読みました。
また、親が教育関係者の子どももおり、そういう子からはまんがで読む伝記や発達の本を貸してもらいました。

モノや情報によるやるとりというのはとてもやりやすいです。

『光とともに・・・』を読んだのも小学生のとき。とても、光くんに共感しました。知的障害や自閉の度合いは違いますが、圧倒的にシンパシーを感じたのは、光くんの側の子どもたちで、「ああ、私はこっちの人間だ」と感じました。

そして、それから、「そうか、予定をはっきりさせると安心するな」と、自分でスケジュール表を作るようになったり、絵を書いて安心したり、自分で自分を支援する方法を探り始めました。
ほんのすこしづつですが、比較的早い時期にこういう気付きあったことはとても良かったです。



2015年8月15日土曜日

「裏庭」 傷と毒親 3 毒親 〈了〉

※冒頭は1と同じです


梨木香歩『裏庭』です。

梨木香歩さんという作家は、比較的女性が好む傾向にある作家です。
この作品は、児童書コーナーにあり、子どもの頃に読みました。

今回改めて読み返しました。

というのも、思い返すと、昔は意識をしませんでしたがこの本があからさまに「傷(心の傷)」「きょうだい児」「毒親と子ども」の3本立てのような構成になっているなあと思ったからです。

もちろんそれ以外にも、サンクチュアリのようなすてきな庭の描写や善悪に関する記述、戦争、またファンタジーとしての楽しみもあり、私は主にこちらで楽しんでいます。

けれども、私のツイッターでは発達関連のフォローが多く、それにともなって「傷ついたこと」「親とのかかわり」「きょうだい児」の問題も多くツイート、リツイートされて読んでいます。
そこで思い出して、再読しました。それをまとめます。

以下ネタバレ


2015年8月14日金曜日

「裏庭」考 傷と毒親 1 あらすじ


梨木香歩『裏庭』です。

梨木香歩さんという作家は、比較的女性が好む傾向にある作家です。
この作品は、児童書コーナーにあり、子どもの頃に読みました。

今回改めて読み返しました。

というのも、思い返すと、昔は意識をしませんでしたがこの本があからさまに「傷(心の傷)」「きょうだい児」「毒親と子ども」の3本立てのような構成になっているなあと思ったからです。

もちろんそれ以外にも、サンクチュアリのようなすてきな庭の描写や善悪に関する記述、戦争、またファンタジーとしての楽しみもあり、私は主にこちらで楽しんでいます。

けれども、私のツイッターでは発達関連のフォローが多く、それにともなって「傷ついたこと」「親とのかかわり」「きょうだい児」の問題も多くツイート、リツイートされて読んでいます。
そこで思い出して、再読しました。それをまとめます。

以下ネタバレ

2015年8月11日火曜日

親子でカウンセリング

先日、私がAC(アダルト・チャイルド)だろうということを書きましたが、

親子でカウンセリングを受けることになりました。

手帳のための親子面談で、私は隣に母がいるだけで極度に緊張し、言葉が出なくなり、眠くもないのにまぶたが閉じて、寝てしまいそうになり、徐々にその場にいることがとてもむずかしくなり、涙が止まらなくなり、きーっと声が出てしまい、自分で自分を噛み。看護師さんが「大丈夫よ。」と腕をちょんちょんしてくれたのに、さらに「キャーッ!」となり(さわらないであげて、と主治医が言ってくれました。普段はあれくらいはそんなに叫ぶことはないのですが)。

結局、私は用意していた生育歴の書類をカウンセラーさんに渡すことは出来たものの、ほとんどなにもしないで処置室で頓服を飲んで休んでいました。

その間にどのような話があったのかは全くわかりません。

でも、最後にカウンセラーさんに、私が少し落ち着いてから「どうやら、お母さんも、困ってることがあるみたい。あなたとお母さんと一緒にカウンセリングをするか、べつべつにするか、どっちがいい?」と聞かれ、親子でカウンセリングを受けることになりました。

アップアップしながらも、「べつべつ、べつべつべつべつ〜〜〜」と主張し、別々で診察・カウンセリングを受けることになりました(心底ホッとした。それでも、これで、私の人生に母が干渉する度合いが増すと思うと、胃がキリキリしてます)


向き合わなければならない。
あきらめる、って、楽だった。
そういう選択肢も、あるけど、今は、とりあえず、必要なので、やります。
私に一番良いことを、主治医の先生も、カウンセラーさんも、考えてくれてます。それを、いつもはっきりと言葉にしてくれるので、とても安心します。私は彼らと共に戦う必要がある。
これから、診察は体力をものすごく消耗する戦いになるかもしれません。

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ところで、手帳申請のための診断書において、主たる障害は、おそらく「うつ病」で通すものと思っていましたが、「広汎性発達障害」がメインになるようです。
手帳を通すために、「うつメイン」で申請を出すことが多いと聞いていたのでちょっとびっくりしたけれど、「一次障害」「二次障害」の考え方からすると私としては納得がいきますから、ありがたく思います(それだけ一次障害が出まくってるということは、ありがたくもなんともないですけれど)。

私は県外の病院に通っていますが、その病院でも、県内の機関でも、「高機能広汎性発達障害」だけでも手帳はとれます、とはっきり言われています。

このあたりは地域差があるようなので、幸運だったなあと思います。

地域差なく、全てのところに住む人が、同じように個人に合った支援・福祉が受けられるように、早くなってほしいものです。

2015年8月9日日曜日

職業センター面談・アダルトチャイルド ★閲覧注意

通院日の夕方に、職業センターの支援者さん同席のもと、ハローワークの担当者さんと面談しました。
ハローワークの担当者さんも、発達障害にくわしい方をつけてくださったみたいです。前回意味のある言葉が飛び交う広い場所で声を掛けられて、声が出なくなってしまったので、個室を取ってくれました。

最初はうつメインで相談に行ったのですが、いつのまにか発達メイン・・・?
内容は、今までの職業評価の結果を橋渡ししたような感じでした。

それから、いくつか話したのですが、ぼんやり・・・

なぜかというと、「親とのかかわり」に関する話が出て、うわーっとしんどいことを思い出してしまったからです。(フラッシュバック)
涙が止まらなくて、言われたことやされたことがごんごんして
もうどうしたらいいかわからなかった。うわーって頭が粟立ってしまった。

病院の親同伴は、生育歴のことがあるから仕方がなく、また、私が親になにかいう必要を感じなかったので、そこまでにならずに、ガチガチになるくらいでよかったのだけれど(看護師さんには「うちの親は本当にアレだから頑張ってください。私とは関係が悪い」とは言った)。

支援者さんいわく。

やっぱりまだ年齢的に、成人しているとはいえ若いし、実家に世話になっている以上、発達障害の告知や手帳の検討をしていることの告知は必要なのではないか
報告するだけして、反対されてもそれはそれ。

ということ。とてもよくわかります。その通りだと思うのです。
それでも私は、全部自分一人でやるつもりでした。どうしても体がかたまってそういう真面目なことは、親には話せないから。考えただけでダメ。

「特性」は理解できる部分があっても、「障害」まして「手帳」に理解ができる親ではないことがわかっているから。あきらめているから。
そうしないと、いい関係(?)を保てないから。

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先回あんな記事を書いておいてなんですが、やっぱり、私は激しくアダルトチャイルドなのだと、改めて気付かされました。
でも今、親との関係がそんなに悪くないこともまた事実です。どっちもあるのです(その関係のゆらぎこそ、病的ではある気もしますが)。

私みたいなのが子どもじゃなければ、きっと両親は尊敬される良い親、適度に力の抜けた適切な親だったのだろう。

定期的に、どういうタイミングか、うわーと押し寄せる声の津波、音の津波に、私はこうも簡単にさらわれてしまって
小さいころの親の記憶は、ほとんど怒声です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そんな私のひどい状態や言動から推察して、支援者さんは方向性を変えてくれて。

「親だけ連れてきてくれれば、私から、あなたとは別に話ができるからね」

これでもダメな私

「無理に話さなくてもいい。支援してくれる機関はいっぱいあるから(親じゃなくてもと言う意味だと思われる)」

結局、こうなりました。
そして、しばらく考えて、この辺りはすすめることに。
カウンセリングを受けているか確認されて、受け始めたところだったので、それ以上はなし。多分受けていなかったら、勧められていたでしょう。

個別に部屋をとることは、毎回は難しいようで、広いところでも大丈夫か確認されて、パーティションが結構しっかりあったので、了承しました。
足元や建物の構造上、結構音が響くみたいで、長くいすぎると頭痛と吐き気がするけれど、まあ限界になったら、そのとき考えようと思います。

ほんとうにいい支援者さんに恵まれています。
医療だと、結構ふわっと「ゆっくりいきましょう」と言われてしまうところを、そうも行かないことを身にしみてわかっているのでしょう。発達障害の困難も。

頼もしいことばを掛けてくれます。

「焦ると思うけど、ゆっくり進めればいいからね」
「とはいえ、そんな事言ってられん、というのも本当にそう。手帳の取れる取れないも、仕事のいろいろも、現場と制度が合っていないの。特に発達障害の方は。」
「でも、一回判定でなくても諦めなくていいから。私が何とかするから。私が担当した人の希望者で手帳が取れなかった発達さんは一人も居ないから!大丈夫!発達障害だけでも、絶対に、希望すれば手帳をとれます。もちろん本当に必要な人にしか出ないし、ずっと持ってる必要は無いこともあるけれど、そこは自分で選んでずっと申請したっていいし、一回やめてもう一回申請だってできる。あなたが必要だと思うかということ。」

頼もしすぎる…!すごい…!
取り乱して、ごめんなさい。
本当にいい支援者さんに恵まれている。