2015年9月10日木曜日

生育歴:高校

ある程度生育歴をまとめて心理士に見せたものをもう少し詳しく、感覚的に記述してみようと思います。ですので、①たたき台(心理士に見せたものの一部)②本文(曖昧で私的・詩的な表現だらけ。できるだけ当時の頭のなかを書きたい。)という構成をしています。

生育歴を聞かれた際、書いて見せるにしても、あまり長いものは心理士にしろ医師にしろうんざりするので、生育歴を伝える場合は私のように長く書くのは得策ではありません。しかし、私には短くするということが出来なかったので、精一杯の状態で、医師ではなく心理士のカウンセリングで見せました。

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高校:問題もないが友達もない。しかしわたしはノートを必ずとるので宿題を写すのに重宝されていた。
いないわけではないが、最初に運良く仲間に入れてもらえた子一緒にいることはいたが、それ以上の発展:友達の友達と仲良くなるだとか、帰り道に遊ぶ、休日に遊ぶということは全くない。これは昔からそうで、うすぼんやり「なんだかおかしいな、友達がいないわけではないんだけど、なんだか変だな、微妙にわたしは疎外感を感じるような気がするな」と思っていたが、常に本を読んだり絵を描いたりしていて、ひとりになるのに忙しく、あんまり困っていなかったので放置。
勉強は楽しかった。納得できない部分があれば納得するまで先生に質問し続けた。授業中に。他の生徒のことは頭になかった。また、授業の仕方が納得いかない先生が一人おり、耐えられずにうわーっと泣き出して担任に訴え出る。何回までならやすんもいい、と言われる。その後は休むことはなかったが、その授業だけはあからさまに内職(別の勉強)をして過ごした。
高校は「自分で選び、他者にお金を出してもらって行っている。」という意識が強く、病気以外で休むことはなかった。「親に借金をしている」意識がとても強い。いまでもだ。

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高校は、中学校の時、甘えていた子達とは違うところに行きました。
彼らはいわゆる「進学校」に行きましたが、わたしは「単位制普通科」という、昼間に毎日行くのですが、「単位が取れればどの授業をとってもいいよ」という枠が、少し〜半分くらいまである、割りといろんな子がいる、近所の学校にしました。自転車で、転びながら通ってました。転んでも「遅刻が怖い」ので、そのまま教室に行って、ぎょっとされて保健室に連れて行かれたりしていました。

ここを選んだのは勉強だけやっていて、どこかでぽきっとおれてだめになってしまう気がしたからです。
勉強だけできれば、たいていそういう学校は、「他のこと(具体的に何かはわかっていないけれど、「勉強以外」というものが学校にも存在する、ということは、わかるのです)はまあ、そこそこ許されます。そして、「皆がもう「普通に大学に行く」ことを選択」します。
それは、嫌だな。
私は、もう少し考えたい。
絵かきも考えてもいましたし、他にもいろいろ考えたかった。
まだ限定したくなかった。
ちょっと、それじゃあわたしはだめになっちゃうような気がした。

その学校は取ろうと思えば、保育の授業やお茶の授業、英会話や作文なんかも取れて、就職も、進学もできました。

いまでもお茶の授業は、惜しいな。

わたしは結局そこで、「やっぱり、学ぶこと・研究すること・思索することが、欠かせない」と思い、しかも、国立大学に進学することにしたので、そういった選択の授業はとれませんでしたが、それでも、「自分の未来」を考えることが少しできました。

やっぱり勉強ばっかりしていたし、回りからは「なに、あの子」と思われていたけれど、それでもやっぱりやさしい子たちに、先生に囲まれて、過ごしました。本当に人に恵まれているのです。

ここで出会った美術のせんせいは今でも交流があります。

そして、進学校より進みがゆっくりで基礎に重きをおく授業は私にあっていたようで、とても楽しく授業を受けました。ちょっと、迷惑だったかもしれないけれど、たくさんたくさん先生に質問して、わからないことは絶対納得するまで、どうしても解決しないと気がすまなかったです。昔からそうです。宿題も、泣き叫びながらやることもありました。成績が良かったから認められていたものの、やっぱり問題のある生徒だったと思います。教育相談の先生のところにも良く行ってうわーっと泣いてパニックしていました。
それでも、がんばれてよかったなと思います。
「できないものはしかたない」
そういう部分もあるけれど、やっぱり、がんばるところは頑張れるといいな。
がんばりどころを見極めるちからが大事なのかもしれません。

私のやりかたを受け入れて、教えてくれた先生たち、「しょうがねえなあいつは」だったと思うけど、それをいじめたりしなかったクラスメイトたち、本当にありがとう。そして今でもなかよくしてくれてありがとう。

私は大学に進学しました。

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